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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)182号 判決 1998年7月16日

東京都渋谷区千駄ケ谷5丁目27番5号

原告

日本製粉株式会社

代表者代表取締役

澤田浩

訴訟代理人弁護士

中村稔

熊倉禎男

宮垣聡

折田忠仁

弁理士 小川信夫

東京都中央区日本橋小網町19番12号

被告

日清製粉株式会社

代表者代表取締役

正田修

訴訟代理人弁護士

丹羽一彦

大野聖二

弁理士 佐藤辰男

訴訟復代理人弁護士

金子浩子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成5年審判第20383号事件について平成8年7月12日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「即席冷凍うどんの製造法」とし、昭和58年5月17日に出願、平成5年8月13日に設定登録された特許第1779184号の特許発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成5年10月22日に本件発明に係る特許の無効審判を請求し、特許庁は、同請求を平成5年審判第20383号事件として審理した上、平成8年7月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は同月31日に原告に送達された。

2  本件発明の要旨

タピオカ殿粉を5~30重量%含有する小麦粉を使用して製麺し、そして歩留り270~300%になるように茹上げ処理してα化した後、冷凍することを特徴とする即席冷凍うどんの製造法。

3  審決の理由

別添審決書「理由」の写のとおりである。ただし、7頁下から2行の「ゆで麺」は「蒸し麺」の、同頁末行の「適応」は「適用」の、8頁3行の「本発明」は「本発明法」の、13頁下から5行の「(5頁第1~11行)」は「(3頁第2~7行)」の各誤記と認める。また、審決の甲号証は、当該書証番号に4を加えた数が本訴の甲号証の書証番号であり、審決の参考資料1ないし4は、当該資料の番号に12を加えた数が本訴の甲号証の書証番号(例えば、審決の参考資料1は、本訴の甲第13号証である。)である。以下、審決の甲第1号証(本訴の甲第5号証)を「引用例」、その他の審決の甲号証及び参考資料を「甲(本訴の書証番号)号証刊行物」(例えば、参考資料1は、「甲第13号証刊行物」である。)という。

4  審決の取消事由

審決の理由第1、第2は認める。同第3の1のうち、引用例の記載の認定(7頁2行ないし8頁10行)は認め、その余は争う。同第3の2の(1)のうち、審決の甲第2ないし第7号証(本訴の甲第6ないし第11号証)の記載事項(9頁4行ないし10頁14行)は認め、その余は争う。同第3の2の(2)のうち、審決の参考資料1ないし4(本訴の甲第13ないし第16号証)の記載事項(11頁7行ないし13頁下から5行)は認め、その余は争う。

審決は、茹上げ歩留りについて本件発明と引用例記載の発明との同一性の判断を誤り、また、甲第6ないし第16号証刊行物からの容易推考性の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(茹上げ歩留りについて本件発明と引用例記載の発明との同一性の判断の誤り)

ア 審決は、本件発明において、「歩留り270~300%になるように茹上げ処理」することは、茹上げ歩留りを通常の麺の茹上げ歩留りより低めとし、本件発明の即席冷凍うどんを直接湯又は水にて解凍して食したとき、その解凍うどんの食感が良好となるようにしたものであり、前記歩留りの範囲は、好適な範囲を規定したものである旨認定している。一方、本件発明と甲第5号証に記載の発明を比較すると、前者には、後者に記載のない冷凍前のうどんの茹上げ処理において「歩留り270~300%になるようにした」ものであって、これにより、本件発明は甲第5号証には記載されていない効果を奏するとしている。

イ しかし、以下のとおり、<1>歩留り調整は、麺の製造者がそれぞれ目的とする風味を得るために適宜選択してきたものであって(以下「周知技術<1>」という。)、<2>歩留り270%より低くすることも、300%より高くすることも知られていたが、一般の茹麺では270~300%が多く(以下「周知技術<2>」という。)、また、<3>冷凍麺では、のびの防止に茹時間を短くして、茹上げ歩留りを低めにすることも周知であった(以下「周知技術<3>」という。)。この場合に、それぞれ目的とする風味を得るということは、種々の食感のうちいわゆる腰のある硬茹でを好むか軟らかい茹でを好むかという側面であり、従来地方によっても異なっていたけれども、<4>本出願前から、我が国の一般傾向として、「硬い腰のある食感」に高級イメージが与えられ、硬茹でを好むことが一般的になっていた(以下「周知技術<4>」という。)。

その中で、本件発明は、周知技術の茹上げうどんよりも殊更に低めに茹上げ歩留りを設定したわけではなく、周知の茹上げ歩留りで、かつ、低め、すなわち、硬めのものを選択したにすぎない。

<1> 「東京都農業試験場研究報告第16号」(東京都農業試験場昭和58年3月発行、以下「甲第17号証刊行物」という。)には、東京都内においてシール包装で販売されている市販の茹うどんの理化学テストとして、36の検体の水分を測定した結果の記載がある。これを、小麦粉に元々含有されている水分を14.5%として、以下の計算式(以下「本件計算式」という。)

(100-14.5)=x×(100-y)/100

x:歩留り(%) y:水分(%)

に当てはめて茹上げ歩留りを求めると、36例中7例が茹上げ歩留り270~300%である。

<2> 「香川県農業試験場研究報告第31号」(香川県農業試験場昭和54年発行、以下「甲第18号証刊行物」という。)には、「さぬきうどん」として香川県等で市販されている茹うどんの水分を測定した結果を記載しているので、これを本件計算式により茹上げ歩留りを求めると、54例中4例が270~300%であり、茹上げ歩留り270%を下回るものが48例、茹上げ歩留り300%を上回るものが2例である。

<3> 「家政学雑誌33巻5号」(社団法人日本家政学会昭和57年発行、以下「甲第19号証刊行物」という。)には、福山市付近で市販されている包装茹うどんの水分を測定し、5%毎に区分して記載しているが(272頁の図2)、これによれば、水分70.0~75.0%(茹上げ歩留り285~342%)が全体の60%近くを占め、茹上げ歩留りが270%となる水分68.3%を下回るものも全体の10%以上を占めている。

<4> 甲第16号証刊行物には、「通常のゆでめんの含有水分は70%ぐらい」(59頁2段12行ないし13行)と記載されている。含有水分70%について本件計算式により茹上げ歩留りを求めると、285%である。

<5> 「ジャパンフードサイエンス20巻4号」(日本食品出版株式会社昭和56年発行、以下「甲第20号証刊行物」という。)には、冷凍麺について、「通常のゆでめんの含有水分は70%ぐらい」(37頁左欄11行)、「<ゆで伸び老化防止には>ゆで時間を短縮して歩留りを下げる・・・釜揚状態で食べさせてしまうことであり、釜揚げ状態で凍結してしまうことである。」(同欄24行ないし30行)との記載がある。含有水分70%は、上記<4>のとおり285%である。

<6> 被告の出願に係る昭和51年特許出願公開第144748号公報(以下「甲第23号証刊行物」という。)において、「通常の日本のうどんの場合は、歩留(原料に対する製品の比率)300~320%位である」(2頁右上欄10行ないし12行)と被告が述べている。

<7> 被告の出願に係る昭和58年特許出願公開第862号公報(以下「甲第24号証刊行物」という。)において、「茹麺の製造時通常の茹で処理を行なった麺類は水分含量が約60~70%である」(1頁右下欄6行ないし8行)と被告が述べている。水分約60~70%について本件計算式により茹上げ歩留りを求めると、213.75~285%である。

ウ したがって、引用例を、茹上げ歩留りの調整についての当業者の技術常識を前提にすれば、引用例には茹上げ歩留りを270~300%になるようにすることも実質的に開示されているから、本件発明は、引用例記載の発明と同一である。

(2)  取消事由2(甲第6ないし第16号証刊行物からの容易推考性の認定判断の誤り)

ア 審決は、甲第6ないし第11号証刊行物には、冷凍前のうどんの茹上げ処理において「歩留り270~300%になるようにした」ことの記載がないとした上で、甲第13ないし第16号証刊行物に記載された事項から、「歩留り270~300%になるようにした」ことは、当業者において容易に考えることのできる程度のことではないと判断した。

イ しかし、本出願当時、茹時間を短縮して茹上げ歩留りを低めにすることにより好みの麺の弾力性を得るという技術的思想は、甲第14、第16号証刊行物、「ジャパンフードサイエンス16巻4号」(日本食品出版株式会社昭和52年発行、以下「甲第21号証刊行物」という。)、「化学と生物12巻6号」(東京大学出版会昭和49年発行、以下「甲第22号証刊行物」という。)に開示されているとおり周知であり、現実の茹うどんの茹上げ歩留りも、193~401%という広範囲に分布していたから、周知技術に基づけば、本件発明の「270~300%」という範囲の茹上げ歩留りを選択することは、当業者にとって容易であった。

ウ しかも、被告は、本件発明において、茹上げ歩留りを限定したことによって麺に弾力性が生じると主張するが、麺の弾力性はタピオカを用いたことに起因するものであることを、被告自身が甲第12号証刊行物において述べており、本件発明の「270~300%」という茹上げ歩留りの数値範囲は、何ら特別の技術的課題に基づくものではなく、また、臨界的意義を有すると認められるような顕著な作用効果を伴うものでもない。

エ したがって、本件発明は、甲第6ないし第16号証刊行物から、当業者が容易に想到し得たものである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

ア 原告は、<1>歩留り調整は、麺の製造者がそれぞれ目的とする風味を得るために適宜選択してきたものである(周知技術<1>)、<2>歩留り270%より低くすることも、300%より高くすることも知られていたが、一般の茹麺は270~300%が多い(周知技術<2>)、<3>冷凍麺は、のびの防止に茹時間を短くし、茹上げ歩留りを低めにする(周知技術<3>)、<4>硬茹でを好むことが一般的になっていた(周知技術<4>)との周知技術が存在したと主張する。しかし、周知技術<1>、<2>、<4>は、周知技術として新たに提出された文献に、引用例とは異なる技術的事項で、かつ、無効審判手続では引用されなかったものが記載されているものであるから、違法な周知技術の主張として排斥されるべきである。

イ また、原告の主張に係る周知技術は、次のとおり、周知であったとは認められないものである。

<1> 甲第17号証刊行物の表10により、総合評価が良いとされる検体と、良くないとされる検体とを比較しても、茹上げ歩留りに関して一定の傾向を導き出せない。また、甲第18号証刊行物には、「当調査範囲では水分含有量と食味との関係はとくにみられなかった」(64頁左欄31行ないし32行)との記載があり、甲第19号証刊行物には、風味と歩留りの関係は一切言及されていない。

<2> 甲第17号証刊行物では、茹上げ歩留り270~300%の範囲のものは、36例中7例で、残りは300%以上である。また、甲第18号証刊行物は、水分量測定の際95℃で乾燥する方法がとられており、水分の蒸発が不十分であるから、正確性に疑問がある。

<3> 甲第19号証刊行物では、水分75.1~80.0%のものが、水分70.1~75.0%に次いで多く40%を占めるから、水分70.1~75.0%のものは、その内部では水分75%に近いものが多いと考えられる。したがって、茹上げ歩留り270~300%(水分70.0~71.5%)に入るものは多くないはずである。

<4> 甲第23、第24号証刊行物は、加圧処理(レトルト処理)した麺類に関する記述であり、かつ、甲第24号証刊行物は、スパゲッティについての技術である。

<5> 甲第14号証刊行物には、「茹めんの標準の茹(水分76%)」(29頁上段7行)、甲第19号証刊行物には、「三訂補食品成分表によると、うどん(ゆで)の水分含量は76.5%」(273頁左欄3行ないし4行)、藤村和夫「基礎・うどんの技術」(株式会社柴田書店昭和56年11月25日発行、以下「甲第3号証の4刊行物」という。)には、「水分七十五パーセント(被告注・歩留り342%)になった時点を茹で上がりとする」(83頁5行及び84頁5行ないし15行)、「食品と化学26巻7号」(株式会社食品と科学社昭和59年発行、以下「乙第1号証刊行物」という。)には、「通常、ゆでうどんの水分は76%位」(81頁2段3行ないし4行)、綾野雄幸・岩尾裕之「改稿食品の加工と貯蔵」(第一出版株式会社昭和46年3月15日発行、以下「乙第3号証刊行物」という。)には「歩留りは原料小麦粉に対し350~400%となる。」(16頁末行ないし17頁1行)との記載があり、一般の茹うどんの最適歩留りは、350~400%と考えられていたものである。

ウ 本件発明には、270~300%という好適歩留りの範囲が規定されているのに対し、引用例にはこれがないから、両者に同一性はない。また、引用例に記載されている冷凍麺に関する唯一の実施例である実施例1を追試したところ、その茹上げ歩留りは341%であった。したがって、引用例は、冷凍麺における最適歩留りとして341%を開示しているというべきであるから、好適歩留りとして極端に低い茹上げ歩留りである270~300%を開示した本件発明は、引用例から導き出せない。

(2)  取消事由2について

ア 本件発明は、本出願当時の一般の茹うどんの茹上げ歩留りの「350~400%」と比較して、「270~300%」という極端に低い茹上げ歩留りを選択したものである。これに対して、甲第13ないし第16号証刊行物には、タピオカ澱粉入り即席冷凍うどんの製造法において、茹上げ歩留りを通常よりも低めにするという技術的思想は記載されていない。

イ 原告は、周知技術に基づけば、本件発明の「270~300%」という範囲の茹上げ歩留りを選択することは、当業者にとって容易であったと主張する。しかし、原告が前提とする周知技術は、前記周知技術<2>及び<3>であって前記(1)のとおり、その存在が認められないものであり、また、周知技術<2>は、これを主張することが許されないものである。

ウ 原告は、麺の弾力性はタピオカを用いたことに起因するものであることを、被告自身が甲第12号証刊行物において述べていると主張する。しかし、原告の指摘する部分は、通常の茹うどんについて述べられたものであり、即席冷凍うどんに関するものではない。茹上げ歩留りを270~300%とすることは、本件発明のタピオカ澱粉を含有する即席冷凍うどんの製造に当たって臨界的意義があるのである。

エ 本件発明に係る実施品が、従来の冷凍麺にない食感を有する冷凍うどん用麺用粉として、商業的成功をおさめており、このことは、本件発明に進歩性がある証左である。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない

第2  本件発明の概要

成立に争いのない甲第3号証の2(本件発明に係る訂正明細書、以下「本件訂正明細書」という。)によれば、本件明細書に記載された本件発明の概要は、以下のとおりと認められる。

1  本件発明は、即席冷凍うどんの製造法に関し、更に詳しくは、タピオカ殿粉を含有する小麦粉を原料粉として使用する即席冷凍うどんの製造法に関する。従来冷凍麺類の製造法に関しては種々の方法が提案されている。(1頁8行ないし11行)

しかしながら、これらの方法は食味・食感の点で種々の問題があるものであった。また、これとは別に、従来麺類の食味向上等を目的として種々の方法が提案されている。これらの方法の1例としては、穀粉中にワキシーコーンスターチを1~20%の量で添加する方法がある。しかしながら、この方法はワキシーコーンスターチの添加によって穀粉中の蛋白含量の低下分を別に外部から補給しないと所期の目的が達成できない欠点があった。(1頁11行ないし2頁3行)

2  本件発明者等は、これら従来法の欠点を解決すべく種々研究を重ねた結果、本件発明を完成するに至った。

すなわち、本件発明は、特許請求の範囲(本件発明の要旨)記載の構成を採用するものである。(2頁4行ないし8行)

3  本件発明の方法について更に詳細に述べると、次のようになる。すなわち、前記のようにタピオカ澱粉を添加した小麦粉を常法に従って製麺し茹上げる。この時の茹上げ歩留りは、通常のうどんの茹上げ歩留りより低めにすることが必要であって、歩留りを270~300%とする。この範囲より歩留りが多いと、後で解凍して食した場合に弾力性に欠け柔らかすぎる状態になり、これより歩留りが少ないと、硬くて芯のある食感になってしまう。(3頁1行ないし7行)

4  この即席冷凍うどんを食する場合には、まず解凍のために湯を入れるのであるが、この湯温は90℃以上が最適ではあるが、80℃以上あれば充分である。すなわち、必ずしも従来のように沸騰した熱湯を用いる必要はなく、ポット等に入れた湯で充分である。更に冷やして食べるものについては、必ずしも湯を使う必要はなく、水道水でも可能である。(3頁下から2行ないし4頁3行)

本件発明方法は、穀粉中の蛋白質含量を調整する必要がなく、従来の同様の麺類に比べて優れた食味を有し、特に滑らかさ及び粘弾性についても非常に優れた効果を有する。また、本件発明に係る麺類は、従来のように沸騰湯中で解凍する必要がなく、ポット等の湯で充分であり、更に冷やして食する麺の場合は水道水でも解凍でき、かつ、麺線の煮崩れも少ない利点を有する。(4頁16行ないし21行)

第3  審決の取消事由について判断する。

1  取消事由1について

(1)  原告は、茹上げ歩留り270%より低くすることも、300%より高くすることも知られていたが、一般の茹麺は270~300%が多い(周知技術<2>)と主張するので検討する。

ア 成立に争いのない甲第3号証の4、第19号証、乙第1、第3号証によれば、甲第3号証の4刊行物には、「昔から現在までの“茹で上がり”の見方を列挙してみることにする。・・・- 水分七十五パーセントになった時点」(82頁末行ないし83頁5行)、「研究者たちの間で「うどんの水分含量が七十五パーセントになったところを、茹で上がりとする」として、論文等に発表しているところから生まれた基準である。」(84頁7行ないし8行)との記載が、甲第19号証刊行物には、「三訂補食品成分表によると、うどん(ゆで)の水分含量は76.5%」(273頁左欄3行ないし4行)との記載が、乙第1号証刊行物には、「通常、ゆでうどんの水分は76%位」(81頁2段3行ないし4行)との記載が、乙第3号証刊行物には、「機械うどんの製法(小規模)」(16頁3行)、「歩留りは原料小麦粉に対し350~400%となる。」(16頁末行ないし17頁1行)との記載が、それぞれあることが認められる。そして、弁論の全趣旨により合理的なものと認められる本件計算式によれば、うどんにおいて、水分含有量75%は茹上げ歩留り342%、76.5%は茹上げ歩留り約366%、水分76%は茹上げ歩留り約356%となることが認められる。

以上の事実によれば、本出願当時、うどんにおける通常の茹上げ歩留りは、約350%前後とされていたものと認められる。

イ 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第4号証によれば、引用例において冷凍うどんが製造された唯一の例として実施例1に記載されているうどんの茹上げ歩留りは、341%であることが認められる。

ウ 成立に争いのない甲第16、第20、第24号証によれば、甲第16号証刊行物には、「通常のゆでめんの含水分は70%ぐらい」(59頁2段12行ないし13行)との記載が、甲第20号証刊行物には、「通常のゆでめんの含有水分は70%ぐらい」(37頁左欄11行)との記載が、甲第24号証刊行物には、「茹麺の製造時通常の茹で処理を行なった麺類は水分含量が約60~70%である」(1頁右下欄6行ないし8行)との記載が、それぞれあることが認められるけれども、上記各記載は、うどん、そば、中華麺、スパゲティ等の麺のうち、どの種類の麺のことを指しているのかは明確ではない。一方、成立に争いのない甲第2(昭和63年特許出願公告第66177号公報(訂正前の本件発明に係る公告公報))、第23号証によれば、上記公告公報には、「茹で上げ歩留りは通常の麺の茹で上げ歩留より低めにすることが望ましい。例えばうどん等のような太物は260~330%・・・中華麺やそばのような細物は200~260%」(3欄16行ないし20行)との記載が、甲第23号証刊行物には、「通常の日本うどんの場合は、歩留・・・300%~320%位・・・スパゲッティー様の茹麺は最終歩留250~270%が摂食に適する」(2頁右上欄10行ないし14行)との記載が、それぞれあることが認められ、以上の事実によれば、通常の茹上げ歩留りは麺の種類により異なることが認められ、上記事実に照らせば、上記甲第16、第20、第24号証の各記載をもって、茹うどんの通常の茹上げ歩留りを認定する資料とすることはできない。

エ 成立に争いのない甲第19号証によれば、福山市付近で市販されている包装茹うどんの水分は、水分70.0~75.0%(本件計算式によれば、茹上げ歩留り285~342%と認められる。)が全体の60%近くを占め、水分70.0%を下回るものも10%程度存在し、平均は73.5%(本件計算式によれば、茹上げ歩留り約323%と認められる。)であることが認められる(272頁の図2、273頁左欄6行)。しかし、上記水分70.0~75.0%のもののうち、茹上げ歩留りが300%以下のものの割合を認めるに足りる証拠はなく、また、その平均値は約323%であるから、上記事実から直ちに、茹うどんにおいて茹上げ歩留り270~300%のものが多いと認めることはできない。

オ 成立に争いのない甲第17号証によれば、甲第17号証刊行物には、東京都内においてシール包装で販売されている市販の茹うどんの水分を測定した結果が記載されている(235頁表10)ことが認められるところ、これについて本件計算式により茹上げ歩留りを求めると、36例中7例が歩留り270~300%であり、他は300%を超えることが認められる。しかし、上記事実によっては、茹うどんにおいて茹上げ歩留り270~300%のものが多いと認めることはできない。

カ 成立に争いのない甲第18号証によれば、甲第18号証刊行物には、「さぬきうどん」として香川県等で市販されている茹うどんの水分を測定した結果の記載がある(65頁表-1)ところ、これについて本件計算式により茹上げ歩留りを求めると、54例中4例が270%~300%であり、茹上げ歩留り270%を下回るものが48例、茹上げ歩留り300%を上回るものが2例であることとなる。そうすると、「さぬきうどん」においては、茹上げ歩留りが270%を下回るものが多いというべきであるけれども、上記事実から直ちに、茹うどんにおいて茹上げ歩留り270~300%のものが多いということはできない。

キ 前掲甲第23号証に、「通常の日本うどんの場合は、歩留・・・300%~320%位」との記載があることは前記ウの認定のとおりであるが、上記は、「位」という記載からして大まかな値をいうものと認められるから、前記ウないしカの認定事実に照らせば、上記記載から、直ちに茹うどんにおいて茹上げ歩留り270~300%が通常のものであると認めることはできない。

ク 以上のとおり、うどんについて、茹上げ歩留りが270~300%のものが多いと認めるに足りる証拠はない。なお、原告は、うどんに限定せず、麺類一般について主張しているものとも解されるが、通常の茹上げ歩留りは麺の種類により異なることは前記ウの認定のとおりであるから、本件においては、引用例記載の発明の技術内容を認定するに当たっては、麺類一般ではなく、うどんの茹上げ歩留りを検討すべきものである。

(2)  また、原告は、歩留り調整は、麺の製造者がそれぞれ目的とする風味を得るために適宜選択してきたものである(周知技術<1>)と主張する。しかし、これを認めるに足りる証拠はなく、かえって、前掲甲第18号証によれば、甲第18号証刊行物には、前記「さぬきうどん」について、「同じ生産者の製品でも製造日が異なると多少の差がみられた。・・・当調査範囲では水分含量と食味との関係はとくにみられなかった。」(64頁左欄27行ないし32行)との記載と共に、同じ生産者の製造したものについても、水分5%以上のばらつきのあるものも多く、中には10%以上の差があるものも存在する(65頁表-1の資料7及び10)ことが示されていることが認められ、以上の事実によれば、茹上げ歩留り270%を下回るものが多いさぬきうどんにおいては、食味と茹上げ歩留りとの関係は必ずしも明確ではなかったことが認められる。また、本出願当時、うどんにおける通常の茹上げ歩留りは、約350%前後とされていたことは前記(1)アの認定のとおりであって、茹上げ歩留りが270~300%の範囲が適宜選択される範囲内であるということもできない。

(3)  原告は、冷凍麺は、のびの防止に茹時間を短くし、茹上げ歩留りを低めにするとの周知技術(周知技術<3>)が存在すると主張する。そこで検討するに、前掲甲第14、第16、第20号証及び成立に争いのない甲第21、第22号証によれば、甲第14号証刊行物には、「茹めんは、茹直後が一番うまいが、放置すると弾力も粘りも変化してまずくなってしまう。これが茹のびといわれる現象であり、」(29頁上段11行ないし14行)、「茹のびは、・・・茹時間を短縮し、水分量を下げることや・・・ある程度は防げることがわかっている。・・・茹直後に急速に凍結することだけが、茹のびを防止する完全な方法であるが、これには、製造および流通面でコスト、その他の問題が解決されなければならない。」(同頁下段3行ないし末行)との記載が、甲第16号証刊行物には、「「ゆでのび」はゆで時間を短縮して歩留(含水分)を下げるか、・・・などでこれをある程度セーブする方法は考えられるが、本質的な対策とはならないわけで、・・・ゆでのび防止に最も効果的で決定打といえるのは冷凍すること-が判明した。」(59頁3段3行ないし16行)との記載が、甲第20号証刊行物には、「<ゆで仲び老化防止には>ゆで時間を短縮して歩留りを下げる。・・・など、ゆで伸びをある程度セーブするか、遅らせることはできるが本質的な対策とはならない。本質的には、釜揚状態で食べさせてしまうことであり釜揚状態で凍結してしまうことである。」(37頁左欄24行ないし30行)との記載が、甲第21号証刊行物には、「ゆでめんは、ゆで直後がいちばんうまいが、放置することによって水分勾配の均一化が始まら、これと並行して澱粉の老化が進み、弾性や粘性が変化してまずくなる・・・。これが「ゆでのび」といわれる現象で、・・・まずい食感になる。ゆでのびは、ゆで時間を短縮して歩留(含水分)を下げるが・・・完全な対策にはなっていない。最もよい方法は凍結という手段がある」(39頁左欄8行ないし17行)との記載が、甲第22号証刊行物には、「茹のびをできるだけ防止しようとする小手先の技術は、茹時間を短縮して茹歩留を小さくしたり・・・が知られているが、本質的な解決になってはいない。」(387頁左欄8行ないし11行)、「茹のび防止の最も効果的な方法は、茹後できるだけ速やかに冷凍することであり、」(同頁右欄6行ないし8行)との記載がそれぞれあることが認められるが、上記は、いずれもその内容からして、茹上げ歩留りを下げる方法に対して、冷凍する方法が優れていることを説明するものであって、冷凍麺について更に茹上げ歩留りを下げることを示唆するものとは認められないし、他に周知技術<3>を認めるに足りる証拠はない。

(4)  原告は、硬茹でを好むことが一般的になっていた(周知技術<4>)と主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。

(5)  前記第2及び第3、1(1)アの認定事実によれば、本件発明は、タピォカ澱粉入りの冷凍うどんにおける好適歩留りとして、茹上げ歩留りを通常よりも低めの270~300%としたものであることが認められる。

これに対して、引用例において冷凍うどんが製造された唯一の例である実施例1の茹上げ歩留りは、341%であることは前記(1)イの認定のとおりであるところ、成立に争いのない甲第5号証(引用例)によれば、引用例には、タピオカ澱粉入りの冷凍うどんを製造する場合において、その茹上げ歩留りを通常より低めとすることを明示ないし示唆する記載は存在しないことが認められる。そして、前記(1)ないし(4)の認定のとおり、原告主張に係る周知技術<1>ないし<4>を認めるに足りる証拠はないから、引用例において、茹上げ歩留りを通常よりも低めである270~300%とすることが実質的に記載されているということはできない。

もっとも、本出願当時、「さぬきうどん」として香川県等で市販されているうどんは茹上げ歩留り270%を下回るものも多かったこと及び茹上げ歩留り270~300%のうどんが存在したことは、前記(1)の認定のとおりである。しかし、上記は冷凍しない通常のうどんの茹上げ歩留りであるから、タピオカ澱粉入り冷凍うどんを製造する場合において、その茹上げ歩留りを通常より低めとすることの開示も示唆もない引用例記載の発明について、そのような歩留りの低い範囲までが当然に含まれているということはできない。したがって、上記事実は、引用例において、茹上げ歩留りを270~300%とすることが実質的に記載されているということはできないとの前記認定を覆すに足りるものではない。

(6)  以上のとおりであるから、本件発明は、引用例に記載された発明と認めることはできないとした審決の認定判断に誤りはない。

2  取消事由2について

(1)  甲第14号証刊行物には、「茹めんは茹直後が一番うまいが、放置すると弾力も粘りも変化してまずくなってしまう。これが茹のびといわれる現象であり、」(29頁上段11行ないし14行)、「茹のびは、・・・茹時間を短縮し、水分量を下げることや・・・ある程度は防げることがわかっている。・・・茹直後に急速に凍結することだけが、茹のびを防止する完全な方法であるが、これには、製造および流通面でコスト、その他の問題が解決されなければならない。」(同頁下段3行ないし末行)との記載が、甲第16号証刊行物には、「「ゆでのび」はゆで時間を短縮して歩留(含水分)を下げるか、・・・などでこれをある程度セーブする方法は考えられるが、本質的な対策とはならないわけで、・・・ゆでのび防止に最も効果的で決定打といえるのは冷凍すること-が判明した。」との記載がそれぞれあるけれども、上記は、いずれもその記載内容からして、茹上げ歩留りを下げる方法に対して、冷凍する方法が優れていることを説明するものであって、冷凍麺について更に茹上げ歩留りを下げることを示唆するものとは認められないことは、前記1(3)の認定のとおりである。

したがって、甲第14、第16号証刊行物の上記記載から、茹のびを防止する決定打である冷凍をした上で、更に通常の茹上げ歩留りではなく、これよりも低い茹上げ歩留りを選択することを、当業者が容易に想到し得たものということはできない。

(2)  成立に争いのない甲第15号証によれば、甲第15号証刊行物には、「乾燥スパゲッティー又は生スパゲッティーを水分55~60%になるまで茹で、得られた茹でスパゲッティー100重量部に対し10~34重量部の乳化液を共存せしめて冷凍することを特徴とする冷凍スパゲッティーの製造方法。」(1頁左下欄5行ないし9行)、「普通スパゲッティーを食するときの好適水分含量は約68%であるので、本発明における茹で程度はかなり軽くして、やゝ固い状態となっている。このような固い状態で乳化液と混合されて長時間冷凍保存され、食するときは、これを袋のまま10分程度湯中で加熱すると、解凍され、さらに乳化液中の水分がスパゲッティーに吸水され、スパゲッティーの水分は食するのに好適な水分68%程度となるのである。」(2頁左上欄18行ないし右上欄6行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、甲第15号証刊行物記載の発明は、冷凍スパゲティを固めに茹でるものではあるけれども、袋のまま冷凍スパゲティを解凍して同じ袋に入れた乳化液中の水分をスパグッティに吸収させることを予定して、予め固めに茹でておくものであることが認められる。一方、本件発明の即席冷凍うどんは、冷凍うどんを直接湯又は水で解凍するものであって、同じ袋に入れた乳化液等の水分をうどんに吸収させることを予定していないことは、前記第2、4の認定事実から明らかである。したがって、甲第15号証刊行物記載の発明から、当業者が、即席冷凍うどんの製造法において、茹上げ歩留りを通常の茹上げ歩留りよりも低めとすることを容易に想到し得たということはできない。

(3)  また、他に、甲第6ないし第16号証刊行物記載の発明ないし技術から、当業者が、即席冷凍うどんの製造法において、茹上げ歩留りを通常の茹上げ歩留りよりも低めとすることを容易に想到し得たと認めるに足りる証拠はない。

(4)  なお、原告は、麺の弾力性はタピオカを用いたことに起因するものであることを、被告自身が甲第12号証刊行物において述べており、本件発明の「270~300%」という茹上げ歩留りの数値範囲は、何ら特別の技術的課題に基づくものではないと主張する。しかし、本件発明は、タピオカ澱粉入りの冷凍うどんにおける好適歩留りとして、茹上げ歩留りを通常よりも低めの270~300%としたものであることが認められることは、前記1(5)のとおりであるから、原告の主張は失当である。

(5)  したがって、本件発明は、甲第6ないし第16号証刊行物に記載された事項に基づき、当業者が容易に発明し得たものとすることができないとした審決の認定判断に誤りはない。

第4  以上のとおり、本件発明を無効とすることはできないとした審決の認定判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。

よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成10年7月2日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

理由

第1 本件特許第1779184号

本件特許第1779184号(以下、「本件特許」という。)は、昭和58年5月17日の特許出願(特願昭58-85072号)に係わり、当該特許出願について昭和63年12月20日に出願公告(特公昭63-66177号)された後、平成5年8月13日に特許権の設定登録がなされたものである。その後、平成7年5月9日に特許法第126条の規定に基づく明細書の訂正をする審判の請求(平成7年審判第10190号)がなされ、平成7年11月8日にこれを認める審決(平成7年11月22日確定。)がなされた。そして、本件特許に係る発明(以下、「本件発明」という。)の要旨は、前記訂正された明細書の記載によれば、その特許請求の範囲に記載された下記のとおりと認める。

「タピオカ殿粉を5~30重量%含有する小麦粉を使用して製麺し、そして歩留り270~300%になるように茹上げ処理してα化した後、冷凍することを特徴とする即席冷凍うどんの製造法。」

第2 当事者の主張及び提出した証拠方法

当事者の主張及び提出した証拠方法は以下のとおりである。

1.請求人の主張

請求人は、「第1、779、184号特許はこれを無効にする、審判請求は被請求人の負担とする」との審決を求め、その理由として主張するところは、審判請求書、平成7年8月8日付けの上申書及び平成8年4月8日付けの弁駁書によれば、下記の旨である。

(1)本件特許発明は、その出願日前の他の特許出願であって本件出願後に出願公開がされたものの願書に最初に添付した明細書(甲第1号証)に記載された発明と同一であるから、特許法第29条の2第1項の規定によって特許を受けることができない。

(2)本件特許発明は、本件特許出願前に頒布された刊行物(甲第2~7号証、参考資料1~4)の記載に基づいて当業者が容易に発明できた程度のものであるから、特許法策29条第2項の規定によって特許を受けることができない。

よって、本件特許は特許法第123条第1項第1号により無効とすべきである。

2.請求人の提出した証拠方法

請求人は、前記審判請求書、上申書及び弁駁書により下記の証拠方法を提出した。

甲第1号証 特開昭59-156260号公報

甲第2号証 財団法人 糧食研究会、昭和18年11月30日発行、「糧食研究」表紙、14~19頁及び奥付

甲第3号証 特開昭54-73144号公報

甲第4号証 特開昭57-170155号公報

甲第5号証 特開昭56-78570号公報

甲第6号証 株式会社朝倉書店、昭和54年3月1日発行、「澱粉科学ハンドブック」表紙、396~403頁及び奥付

甲第7号証 株式会社麺業新聞社、1982年11月25日発行「’83麺業年鑑」表紙、目次、240~244頁及び奥付

甲第8号証 特開昭58-179451号公報

参考資料 平成5年(行ケ)第84号審判取消請求事件 平成7年6月22日判決言渡 判決書の写し

参考資料1 株式会社 食品資材研究会 昭和42年12月1日発行「麺の技術」の表紙、66~75頁及び奥付

参考資料2 丸の内出版 昭和42年10月15日発行 「食の科学」の表紙、22~29頁、42~49頁及び奥付

参考資料3 特開昭57-39749号公報

参考資料4 株式会社 食品出版社 昭和54年7月10日発行「80年代のめん類」の表紙、59頁及び奥付

3.被請求人の主張

被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする」との審決を求め、その主張するところは、下記の旨である。

すなわち、本件特許発明は、訂正の審判の結果訂正することが認められた本件訂正明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりであり、

(1)被請求人の提出した甲第1号証には、本件発明における茹上げ条件について記載がなく、また得られた冷凍麺も即席性が欠け、本件発明の方法で得られるうどんとは異なるものと解されるので、本件発明は、甲第1号証に記載されていない。

(2)乙第1号証で示されるように、本件発明の茹上げ歩留りでの冷凍うどんの品質は、通常の茹上げ歩留りでの冷凍うどんに比して優れており、甲第2~7号証記載のことから、当業者が本件発明を容易に発明しえたものではなく、甲第8号証を勘酌しても同様である。

よって、本件特許は特許法第123条第1項第1号により無効にされるべきものではない。

4.被請求人の提出した証拠方法

被請求人は、平成8年1月8日付けの第2答弁書で下記の証拠方法を提出した。

乙第1号証 田中康裕作成に係る実験成績証明書

第3 当審の判断

1.請求人の主張する理由(1)について

請求人の提出した甲第1号証は、本件特許に係る出願の出願前の出願である特願昭58-32268号の願書に最初に添付した明細書の内容を掲載した公報と認められ、これには、次のことが記載されている。

「1、タピオカ澱粉を配合した製麺原料粉を、真空度約600mmHg以下の減圧環境下で加水混練し、以下常法通り製麺することを特徴とする、手延べ風麺類の製造法。

2、前記製麺原料粉中のタピオカ澱粉の配合割合が、略5重量%以上である特許請求の範囲第1項に記載の手延べ風麺類の製造法。」(特許請求の範囲)

「この配合割合の上限は、めんの鍾類により異なり一律に規定できないが、略30重量%が目安・・・・」(第2頁右上欄第18~20行)

「この生麺を・・・・ゆでればゆで麺、・・・・ゆで麺を冷凍すれば冷凍麺となる如く、本発明は広範囲の麺類に適応できる。」(第3頁右上欄第12~15行)

「冷凍麺や乾麺は、本発明の効果を長時間安定保持できるので、木発明に最も適合する。」(第3頁左下欄第4、5行)

そして、これら記載及び甲第1号証の他のこれら記載に関連する記載をみると、甲第1号証には、下記のことが記載されていると認められる。

「タピオカ澱粉を5~30重量%含有する小麦粉を使用して製麺し、これを茹上げ処理してα化した後、冷凍する冷凍うどんの製造法。」

そこで、本件発明と前記甲第1号証に記載されたものと比較すると、本件発明は、前記甲第1号証に記載のものにない、冷凍前のうどんの茹上げ処理において「歩留まり270~300%になるようにした」ものであり、これにより、本発明は前記訂正明細書記載の、甲第1号証記載のものに記載されていない効果を奏するものである。

してみれば、本発明は、甲第1号証に記載された発明と認めることはできなく、特許法第29条の2第1項の規定によって特許を受けることができないとすることはできないので、請求人の主張する前記理由(1)は、採用できない。

2.請求人の主張する理由(2)について

(1)請求人の提出した甲第2~7号証には、それぞれ以下の事項が記載されていると認められる。

[甲第2号証]

タピオカ澱粉を40、60%含有する小麦粉を使用してうどんを作り、これを茹でる。

[甲第3号証]

袋入り中華麺の製造法において、小麦粉と澱粉とを主体とする生麺線の表面に水を付着した後蒸煮し蒸麺線となし、小麦粉と澱粉の重量比率が2:1~19:1とした。澱粉としてタピオカ濃粉を使用し、実施例において小麦粉900部に対してタピオカ澱粉100部配合したものがある。

[甲第4号証]

レトルト麺の製法において、中力小麦粉450gとタピオカ澱粉50gと水等からなる水溶液を加えて混練し、これを製麺して中華麺の生麺を作る。

[甲第5号証]

麺類の製造方法において、第1粉及び第2粉とから成る原料粉の総重量を基準にして、第1粉として20%~50%の小麦粉に、小麦粉以外の穀粉類およびデン粉類から成る群から選択される第2粉を80%~50%配合して混合したものから麺帯を作り、デン粉類としてタピオカデン粉を使用する。

[甲第6号証]

タピオカ澱粉を麺のつなぎに用いる。

[甲第7号証]

冷凍麺の種類には、生麺を加熱してアルファ化したいわゆる茹でめん、蒸しめんの状態で凍結するものがある。

そこで、本件発明と甲第2~7号証に記載された事項と比較すると、甲第2~7号証には、本件発明の冷凍前のうどんの茹上げ処理において「歩留まり270~300%になるようにした」ことの記載がなく、これにより、本件発明は、甲第2~7号証に記載されていない前記訂正明細書記載の効果を奏するものである。また、甲第8号証に記載されたことを参酌しても前記の本件発明の構成及びそれによる効果が、甲第2~7号証に記載または当業者がこれらの記載から容易に想到できたものとも認められない。さらには、参考資料を参酌しても同様である。

(2)請求人は、参考資料1~4に記載された事項から、本件発明において冷凍前のうどんの茹上げ処理において「歩留まり270~300%になるようにした」ことは、当業者において容易に考えることのできる程度のことであると主張する。

そこで、参考資料1~4をみると、それぞれ以下の旨の記載が認められる。

[参考資料1]

茹麺歩留として、香川(手打)、名古屋(手打)及び機械茹麺のそれぞれが、250~270%、300~330%及び300~400%である。

[参考資料2]

俗にいう讃岐の手打ちうどんは、最も歩留りが低く、240~270%程度であるが、機械うどんは300~400%に達しと記載され、茹のびは、茹時間を短縮し、水分量を下げることである程度防げ、茹直後に急速に冷凍することだけが、茹のびを防止する完全な方法である。

[参考資料3]

冷凍スパゲッティーの製造方法において、乾燥スパゲッティー又は生スパゲッティーを水分55~60%になるまで茹でる点である。普通スパゲッティーを食するときの好適水分含量は約68%であるので、本発明における茹で程度はかなり軽くして、やや固い状態となっている。このように固い状態で乳化液と混合されて長時間冷凍保存され、食するときは、これを袋のまま10分程度湯中で加熱すると、解凍され、さらに乳化液中の水分がスパゲッティーに吸収され、スパゲッティーの水分は食するのに好適な水分68%程度となるのである。

[参考資料4]

「ゆでのび」はゆで時間を短縮して歩留(含水分)を下げるかなどでこれをある程度セーブする方法は考えられるが、ゆでのび防止に最も効果的で決定打といえるのは冷凍することが判明した。ゆでめんの冷凍について、ポイントはゆでたのち、できるだけ速やかに冷凍行程へ送り冷凍することにあった。

ところで、本件発明において「歩留り270~300%になるように茹上げ処理」することについて、前記訂正明細書に「タピオカ澱粉を添加した小麦粉を定法に従って製麺し茹で上げる。このときの茹で上げ歩留りは通常の麺の茹で上げ歩留りより低めにすることが必要であって、歩留りを270~300%とする。この範囲より歩留りが多いと後で解凍して食した場合に弾力性に欠けやわらかすぎる状態になり、これより歩留りが少ないと固くて芯のある食感になってしまう。」(第5頁第1~11行)と記載されていることから、本件発明において「歩留り270~300%になるように茹上げ処理」することは、茹上げ歩留りを通常の麺の茹上げ歩留りより低めとし、本件発明の即席冷凍うどんを直接湯または水にて解凍して食したとき、その解凍うどんの食感が良好となるようにしたものであって、「歩留り270~300%」としたことは、前記タピオカ澱粉を5~30重量%含有する小麦粉で製麺したものにおける前記茹上げ歩留りを低めするに際しての好適歩留り範囲を規定してものと解される。

してみると、参考資料1、2、4には、本件発明における即席冷凍うどんの製造法において、茹上げ歩留りを通常の麺の茹上げ歩留りより低めとするという技術思想は記載されてなく、又これを示唆する記載も見あたらない。そして、参考資料3に記載のものは、冷凍スパゲッティーの製造方法において、茹上げ歩留りを通常の茹上げ歩留りより低めとすることが記載されているが、これは、袋のまま冷凍スパゲッティーを解凍する際、同封されている乳化液の水分がスパゲッティーに吸水されることを考慮したものであり、本件発明のように即席冷凍うどんを直接湯または水にて解凍することを考慮したものとは相違するものであり、この参考資料3に記載された事項をもって、直ちに当業老が容易に、即席冷凍うどんの製造法において、茹上げ歩留りを通常の麺の茹上げ歩留りより低めとすることを想到しえたとは認めがたい。また参考資料1~4に記載された事項を合わせ考えても同様である。

そうすると、請求人が主張する、参考資料1~4に記載された事項から、本件発明において冷凍前のうどんの茹上げ処理において「歩留まり270~300%になるようにした」ことは、当業者において容易に考えることのできる程度のことであるとすることはできない。

(3)前記第3 2.(1)及び(2)に記載したことから、本件発明は、甲第2~8号証、参考資料、参考資料1~4に記載された事項に基づき当業者が容易に発明しえたものとすることができない。

第4 結語

以上のことから明らかのように、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件発明が特許法第29条の2第1項の規定又は同法第29条第2項の規定によって特許をうけることができないとすることはできなく、本件特許を無効とすることはできない。

よって、本件審判請求は成り立たないものとし、本件審判費用については、特許法第169条第2項において準用する民事訴訟法第89条を適用して、結論のとおり審決する。

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